Vol.8 ミラノ万博2>遠くへのビジョンを示したCOOP パビリオン。

「世界各国のCOOPだけでなく、よりよい在り方を模索している食品関連企業は、しばらくはCOOP ITALIAの背中を見ながら走っていくことになるかもしれない」。すべてを見たあと、そんな考えが浮かんだ、ミラノ万博のCOOPパビリオンをご紹介します。

COOPが在る地区、その名もFFD:Future Food District

FFD (Future Food District) と銘打ったCOOPの敷地は2500㎡の「スーパーマーケット」と4500㎡の「広場」に分かれています。後者はCOOPのカフェ、ソフトドリンク、アルコール、ピザ、アイスクリームなどが食べられるエリア、COOPの新しいテイクアウト専用食品ライン「COOP & GO」を扱う売店、レタスとバジリコを垂直なしくみで育てる「Vertical Firm」、日よけ屋根のようなフォルムの中で複合的に水と微小な藻を育てていく「Urban Algae Canopy」で構成されています。

ミラノ万博のCOOPパビリオン 建物入り口

「未来のスーパーマーケットで今日買い物しよう」

COOPパビリオンは各国のパビリオンが立ち並ぶメインストリートから、やや奥まったところに位置しているため、かなり手前にも誘導看板を設けるなどして来場を促進。しかしいざ入り口へ向かってみると入場制限がかかるほど人が集まっていました。

「未来のスーパーマーケットで今日買い物しよう」というスローガンが迎えてくれる入り口。外資系テーマパークで高い人気を誇る、やや暗い屋内アトラクションへの入場を彷彿させる、デジタルサインとガラスでできた大きな壁で導かれる広い通路を過ぎて黒一色の階段を上ると、目の前に突然巨大な空間が広がります。遥か彼方の出口まで見通せるくらいの奥行き、四方の壁に装飾として書かれた絵と文字は見上げないと読めないくらい高く、遠くにあり、頭よりやや高いところには見たこともないデジタルのパネルが延々と続きます。目から入ってくる大量の未知の情報を咀嚼するのに忙しく、これがスーパーマーケット、という事実が頭の中で把握されるまでに、来場者の子供だけでなく大人達にも一瞬の間が必要なことは、そこに立った人たちが最初、一様に面食らった表情を見せていることから伺えました。けれども「これがCOOPの提唱する未来のスーパーマーケットなんだ!」とわかった途端、みな嬉々とした顔で“未来”を体験すべく売り場へと進み始めます。

FFD COOPへの誘導サイン
入り口の階段

入り口から出口への方向には手前から主要な食材、食品の素材、奥に行くにつれて加工が加わった商品へと変化していく配置。同時に、奥へ進む方向と直角の方向で店内の左右に広がる陳列は、青果からオリーブ・ワイン、シリアル・小麦からビール、牛乳からチーズというように、素材からその発展した商品へとつなげています。

すべての売り場では、並んでいる商品を手で示すだけで、その商品の値段はもちろんのこと産地から売り場までの情報が、その移動に消費された燃料と環境へ及ぼす影響とともに目の前、やや上のパネルにデジタル表示されます。単なる価格表示シールやバーコードには収めきれない豊富な情報を提供することで「かつての市場のように商品と客にインタラクティブなやりとりを持たせ、何をどう買うかという購買行動の選択は常にできるのだという顧客への意識喚起を狙った」(FFD COOP広報部)のだそうです。

FFD インタラクティブなデジタルパネルと陳列

両側の壁沿いにはCOOPのプライベートブランド「Fior Fiore」や「Club 4/10」のほか、COOPとの関係の深い団体や個別メーカーのプロモーションエリアが設けられ、多くの情報を伝える動画を流しながら、該当する商品を販売しています。たとえば「今日の革新は未来の保証のため」と謳うイタリアサラミ団体は統一ラベルをつけた商品を陳列しながら、2012年から2014年にかけて1億ユーロを投資して二酸化炭素の排出量を13%削減したことなどを図表とともにアピール。パルマの老舗パスタメーカー「Barilla」は、容器に印刷されたQRコードを辿れば、その小麦が育った土の種類、小麦の種類、粉挽機、製粉所、パッケージ、倉庫、配送、レシピまですべての情報にアクセスできる万博限定パスタとソースを披露。万博用に83,000箱用意しているパスタは、1日に割り当てられた販売箱数は連日陳列後すぐに完売するということでした。特別デザインの限定品でありながら、一箱あたりの単価が0.69ユーロと、既存の同量入り定番パスタと同じということも魅力のひとつなのだと思われます。

商品棚が縦に積み上げられ、視界が通路ごとに遮られる従来のスーパーマーケットと違い、垂直な陳列を一切排除した、この空間全体のデザインにまず圧倒されますが、同様にテクノロジーの存在も際立っています。しかし「テクノロジーはあくまでも人間に役立つ機能を提供することが大事。人の仕事や作業の代わりとなるような取り入れ方はしていない」(同)ことがポイントのようです。

Barillaの限定商品
デジタルスクリーンの例と店内

未来を体験した来場者たちが最後に通るレジはすべてセルフ。COOPスタッフも周りに何人か配置されていますが、操作を間違えた人や、やり方が分からない人を助けるのみで会計自体の作業は行いません。そのレジが一直線に並んだ上にかかる大きなスクリーンには、リアルタイムで来場者数とショッピングの集計結果が表示され、レジの向こう側の大きな壁には「ここを体験されたみなさんは様々な感想や意見を持ったことでしょう。『未来を予測する一番いい方法は、それを自らが創り出していくこと』とアラン・ケイも言っているように、COOPも皆さんの声をお待ちしています」と来場者からの積極的なフィードバックを募るメッセージのみが、黒い壁に白く大きく書かれていました。

店内の様子
レジの様子

去る5月1日の開幕以来、4ヶ月と少し経った9月9日の時点でこのFFD COOP スーパーマーケットへの入場者数は100万人を突破し、売り上げも「当初の予想を上回る」(同)280万ユーロをマーク。来場者からの反応も概ね好評で、関係者は「結果に非常に満足している。今回開発したすべての技術はすぐ実店舗で使えるものなので、遠くない将来、いくつかの店舗に導入していくことになるだろう」と話しています。

食を彩る言葉たち

どんどん先へと導かれる作りの、見たことのないスーパーマーケットに目を奪われ、高揚し、自分の背の高さまでの視界に入ってくるものを追いかけることに精一杯になりがちな空間ですが、見上げてみるともうひとつの楽しみが用意されていました。

それは高い天井と広い壁を活用し、イタリアの食卓を飾る主役たち、つまり肉、ミルク、トマト、たまご、魚、ぶどう、小麦、オリーブの木、果物などひとつひとつに触れ、それぞれについての世界の著名人による名言を紹介するもの。とても興味深く読んだので、その中のいくつかを紹介したいと思います。

「生き方は、その人の肉の切り方に表れる」、「寝かせたワインと新しいアイディアに、ノーとは言えない」、「パンがあれば痛みは和らぐ」、「テーブル、椅子、果物の載ったボウル、そしてバイオリン。人が幸せになるのに他に何が必要というのか?(アインシュタイン)」、「ワンパイントのビールは、王のための食事となる(シェークスピア)」。

これらを読んだあと、それぞれの言葉を味わいながら、対象となっている食品や食材をあらためて見て、手にとり吟味すると、さらに買い物が楽しくなるように感じました。

レジ横から出口へと誘導する通路の横には、食関連の書物を集めた本屋があるのですが、その高い壁面にも「食生活がよくなければ、うまく考えられないし、うまく愛せないし、よく眠ることもできない(ヴァージニア・ウルフ)」、「よいものをきちんと食べるだけでは十分でない。誰かにその話をして共有することが必要だ。しかもそれがどんな食べ物なのか、わかる人に話さなければ意味がない(カート・ヴォネガット)」など名言による装飾は続き、パビリオンの入り口から、ずっと売り場の何ヶ所かで繰り返しデジタルパネルで訴えてきていた「それを食べる前に、まず読もう(Read it before you eat it)」というCOOP発のメッセージが、一貫した役割と複合的な意味を成すようつながっているのだと気づかされました。

壁と天井
Read it before you eat it

2012年国際協同組合年がきっかけ

この「未来のスーパーマーケット」誕生のきっかけとなったのは「2012年6月から2013年3月までの国際協同組合年にイタリア全土のCOOPの35歳以下を対象にした“将来のCOOP像コンテスト”」(同)。13のCOOPから参加した65名が練ったアイディアから「素材から売り場、そして食卓に届くまでに焦点を当てられるレイアウトと店づくり」という結論が導き出されたのだそうです。それをもとにMITの教授でもあるカルロ・ラッティ氏をパートナーに指名、万博開催都市ミラノを擁するCOOPロンバルディアがイニシアチブを取りながら、COOP ITALIAとともに具体化を進め、1500万ユーロを費やして完成したものです。会場内で日々従事している120名のスタッフはCOOPロンバルディアだけでなく、イタリア全国から集まっているそうです。

アプリも開発

COOP ITALIAは「未来のスーパーマーケット」の万博での披露に際し、イタリアの成人男女1700人(男女比1:1)にアンケートをとり、食に対するプロフィールが6つに分けられるという結果をまとめていて、それをもとに「App Coop Expo」というアプリも開発しています。

COOPによればその1700人のうち最多の35%を占めたのは「イタリアン・フード・ラバー」。イタリア料理をこよなく愛し、毎食イタリアンを好む層です。次は健康とバランスに配慮した食生活を送る「ウェルネス・コンシューマー」(21.3%)。彼らは特にイタリア料理だけと決めてはいないようです。続いて料理には手間も時間もお金も費やしたくない「イージー・コンシューマー」(17.4%)。そのあとには、予算にはこだわらず、品質や高級さを優先する「グルメ」(16.4%)、「ビーガン・ベジタリアン」(5.3%)が続いています。

このアプリは自分がどのタイプかを診断し、どんな食材が向いているか、またそれがCOOPの未来のスーパーマーケットのどこで見つかるかを地図とともに示してくれ、それぞれの商品がどこから来たかなどの周辺情報までも教えてくれるというもの。アップルのApp StoreとグーグルのGoogle Playのどちらからでもダウンロードすることができるようです。

アプリの広告

包括的な未来のビジョン

「万博のパビリオン」イコール「主催者のほぼ一方的な主張と展示」という既存の概念を打ち破る、壮大な構想とその具体的な提案を見せただけでなく、それを一過性のイベントとして終わらせず、先へ展開させていくことを考え、きちんと実行に移していくCOOP ITALIAの明解な姿勢に多くを学ぶことができました。そして万博の開催地がイタリアの経済首都ミラノになるという偶然がもし起きていなかったとしても、COOP ITALIAは“未来”を創りつづけていっていただろうと確信させられる訪問となりました。

ミラノ万博のCOOPパビリオン 外観

 

 

  • 2015年9月14日 久世留美子

PROFILE
久世 留美子
久世 留美子
Rumiko Kuse

東京生まれ
フェリス女学院短期大学家政科卒業
ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)広告&コミュニケーション学部卒業

92年秋よりミラノでフリージャーナリスト活動開始
97年秋よりパリ在住
08年10月、Luminateo Inc.を東京に設立
日本と欧州におけるプロデュース、コンサルタントが主業務

プロフィール詳細

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