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Vol.7 ミラノ万博1>食・地球・未来を見据えるミラノ万博。

理念提唱型万博

今年の5月1日から、イタリアのミラノで国際博覧会、いわゆる万博が開かれています。5年に一度開催される万博は前回が上海、その前は愛知で開かれ、次回の2020年はドバイで開催されます。20世紀までの万博が「国威発揚」や「開発」を掲げていたのに対し、21世紀以降は世界に生きる人々に共通する課題への解決策を提示する「理念提唱型」の万博へと変わってきているようです。

今回のミラノ万博のメインテーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを」。そして「食料の安全、保全、品質のための科学技術」、「農業と生物多様性のための科学技術」、「農業食物サプライチェーンの革新」、「食育」、「より良い生活様式のための食」、「食と文化」、「食の協力と開発」の7つをサブテーマに据え、およそ110ヘクタールの敷地に148カ国、その他の地域や国際機関が、食料をめぐる人類共通の課題と、その解決策や貢献策を模索し、その方向性を提示したパビリオンを構えています。

昨年末までに何度かミラノを訪れた際は、果たして工事が開幕に間に合うのかと危惧されていた場所も少なくなく、街並みにもEXPOの文字はあまり踊っていなかった印象でしたが、年明けからすべてが一気に加速し、雰囲気も盛り上がってきたように感じました。現在では普段の3割増しから2倍近い価格を提示する強気なホテルの姿勢に見られるように、イタリア随一のビジネスの街であるミラノは活気づいているようです。10月31日までの万博開催期間におよそ2000万人の来場を見込んでおり、8月の夏休み期間から閉幕にかけての3ヶ月は、各国から訪ねてくる人たちの勢いが弱まりそうもなく混雑が予想されています。

5月1日の開幕間もない時期に万博を見てきました。1日しか滞在できなかったため、150以上のパビリオンのうち日本のほかに見ることができたのは数カ所だけだったのですが、想像を超える会場の広さには驚かされました。

会場のメインストリート

タイに続いて日本のパビリオンへ

日本のパビリオンに入る前に立ち寄ったのはタイです。タイの気候、稲作だけでない、幅広く収穫される農作物や、多様な食文化などの紹介をさまざまな映像やスライドを通じて、パビリオン内のそれぞれの空間ごとに作り上げていました。パビリオンを出た後に構えているタイ食品のスーパーは、人気のためか、あるいは商品の補給が遅れているのか、空になっている陳列棚が目立っていました。

タイのパビリオンから進んでいくと、ほどなく「40分待ち」という札の出ている日本のパビリオンがありました。そのほかのパビリオンでは入場のために並ぶということがまずなかったので、他を見てからまた戻ってこようか迷ったのですが、その時にもっと列が伸びている可能性もあると考え、覚悟を決めて列に加わりました。

日本のパビリオンについては、昨年末にすでに別の仕事の関連で、その見取り図、パース、企画書などを入手していたので、それらをひとつひとつ確かめていく気持ちとともに進んでいきました。

入場するまでの時間

ミラノ万博参加パビリオンの中で最大規模となる、およそ4170㎡を誇る日本のパビリオンに実際に足を踏み入れるまで、数十分並びながら待つ来場者の目を楽しませるものは主に2つあります。法隆寺の建築に用いられていることで知られている日本の伝統的な建築技術「立体木格子」と、順路の高い位置に何ヶ所か備え付けられた小さめのスクリーンに流れる、協賛企業や団体によるプロモーションビデオです。前者については、釘を1本も使わず、格子状に組み合わせた木の角材だけで「この規模と意匠の表現できるのか」とわたしの前に並んでいたイタリア人カップルも、驚きながら熱心に説明ボードを読んでいました。後者については字幕が入ってはいたものの、発信者の詳細な説明がなかったので、日本人以外の人たちには、その意図が伝わりにくかったのではないかと思います。最近の日本でよく見かける「ゆるくて、ほんわかして、あったかい」雰囲気を打ち出しているビデオもあったのですが、そのユートピア的なアプローチを受け入れたり、また、よしとする市場も消費者も、わたしの知る限りでは今の世界において日本以外には存在しません。日本の内側からと外側からという両方の視点を持つ者としては、複雑な思いでそれらのビデオを見ました。

日本館ファサードと立体木格子

発信者の意図と受け手側とにズレも

日本のパビリオンに入った来場者がまず体験するのは、すばらしいプロジェクションマッピング。たっぷりと墨をふくませた筆による書で生と死を述べたことばが、形を変えながら雨に流れていくところから始まります。日本人の根底に流れている精神性のひとつを見事に表現しているオープニングだと、薄暗い空間で感服していたのですが、前に立っていたイタリア人の小学生くらいの男の子の「おかあさん、日本じゃなくて、中国のパビリオンに来ちゃったの?」という無邪気なことばにはっとさせられました。西洋の人たちにとっては漢字イコール中国のもの、という確固たる認識があり、それは彼のような子供にも共有されています。もちろんその認識は間違っていないのですが、日本においては、漢字はかたかなとひらがなとともに使われているという説明がそこに添えられることはまずありません。その知識があるのは、日本語に興味があったり、自ら進んで勉強している人に限られます。「これはね、日本語だよ」と、結局そのマッピングが終わるまで、浮かび上がる文字やことばのひとつひとつを彼に訳しながら説明してあげました。

その後日本の典型的あるいは基礎的食材の紹介、季節やお祭りなどの詳細を展示するいくつかの部屋と「クール・ジャパン」を集積したエリアを通過して、メインスペース「トゥモロー・レストラン」に入ります。大きく真っ暗な空間は、最新デジタル技術と縦横無尽に動き回る鮮やかな光を駆使した、来場者参加型のエンターテイメント会場。お箸の使い方にはじまり、日本の本格的なごちそうからB級グルメまでを楽しくリズミカルに紹介するとても好ましい内容でした。ひとつだけ、気になったのが最初から最後まで会場全体を惹きつけてくれていた男女1組の司会者の衣装です。西洋風か東洋風かと問われれば、東洋風のカテゴリーに入るとは思うのですが、日本の個性を表している衣装には見えませんでした。この点を除けば、観客を楽しませるプログラムや仕掛けなど、すべてとても素晴らしいものでした。

メインスペース「トゥモロー・レストラン」

暗い空間からパビリオンを出て、眩しそうに目を細める来場者を迎えるのは、日本にあるものと同じように作られた、ファストフード系を中心に集めたフードコートです。どのくらい人気なのか、あるいは流行っていないのか、入場前からとても気になっていたエリアでした。日本人の姿は少なかったのですが、かなり混んでいたのでイタリア人をはじめとする各国からの来場者にはまずまずの評価を得ていたのでしょう。逆に、あまり人の出入りが見られなかったのは、そのずっと奥にあった老舗の和食レストランです。白いのれんが出ていて、屋号も書いてあり、しっとりとした店構えに見えたのですが、“のれんが出ている”=お店があり、営業している、という公式は日本人にしかありません。他国の人々においては、フードコートを含めた、そのエリア全体の地図をあらかじめ見て、その老舗和食レストランをきちんと把握した人以外は、そこにレストランがあるということすら認識されなかったのではと思われることが残念でした。

ファストフード系を中心に集めたフードコート

アジアはみな稲作中心、高温多湿

日本を含むアジアのいくつかのパビリオンを見終えて気づいたのは、食と食文化をテーマとした場合、アジア諸国における日本の独自性をアピールすることは容易ではないということです。アジアの外から見れば、アジア各国のほとんどすべてが稲作中心であり、気候もそれに適した高温多湿です。文化や食材、環境に対する意識、テクノロジーなどに差はあるものの、お米を食事の中心に据えた食文化という基本は大きく変わらないため、どの国にどのような特徴があるのか、予備知識が全くない来場者にも理解できるような明確な差異を提示することは難しいと思いました。

画期的提言を見せたスイス

他のパビリオンで印象深かったのはスイスです。「うちの国はこう!」と自国アピールに終始し、発信側と受信側の間の思考のベクトルが一方通行なところがほとんどだった中、シンプルで力強いメッセージが双方向であるばかりか、多方向へ発信されているように思いました。それが世界の巨大食品コングロマリットのひとつ、ネスレが本拠地を構える国であり、山に囲まれている地理的条件から、いざとなれば兵糧攻めにあう可能性もある国、スイスによるものという点も、偶然ではない気がしてとても考えさせられました。

「みんなの分、ある?」と短く単刀直入な問いが書かれたスイスのパビリオンには4つの塔があり、「スイス人の基礎的食品」とされる塩、乾燥りんごのスライス、インスタントコーヒー、水がそれぞれの塔に備蓄されています。「みなさんは、すべてを好きなだけ持って帰ることができます。でも万博期間中、それらの補給はされません」と書かれたストックの入れ物を前に「閉幕までの間、これらを持たせるためには自分はどれくらい持ち帰っていいのだろう」と来場者は考えさせられてしまいます。「廃棄を少なくし、もっと効率よく流通させ、生産者から消費者までの燃料や資源のムダを減らせば、有限の資源しかない地球に暮らすすべての人たちに必要なものは、必要な分だけなら行き渡るはず」とスイスは訴えます。増え続ける世界の人口をきちんと支えるためには、一体どれくらいの食品が必要なのかという問題提起です。

万博期間中、それぞれの塔の残量はオンラインでチェックできるようになっており、全パビリオンに使用されている材料の75%が再生利用可能というところにも、スイスの深い考察が伺えました。

食の多様な見え方と捉えられ方

食という、人間にとって根幹のテーマを、食料や水が豊富で有り余っている国から、それらが枯渇していたり、アクセスすらできない国までが一堂に介し、美食の国と言われるイタリアにおいて取り挙げた本万博には、大きな意義と価値があると痛感させられた今回の訪問でした。

 

2015年8月12日 久世留美子

 

 

 

PROFILE
久世 留美子
久世 留美子
Rumiko Kuse

東京生まれ
フェリス女学院短期大学家政科卒業
ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)広告&コミュニケーション学部卒業

92年秋よりミラノでフリージャーナリスト活動開始
97年秋よりパリ在住
08年10月、Luminateo Inc.を東京に設立
日本と欧州におけるプロデュース、コンサルタントが主業務

プロフィール詳細

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