Vol.5 デンマーク>「大地から食卓まで」をモットーにしたパンづくり。

北欧最大の冷凍パンメーカー、ラントメネン・ユニベイク社


去る9月下旬デンマークのホーセンスにあるパンのブランド「ハッティング」の生産工場を訪ねた。「ハッティング」は北欧最大の冷凍パンメーカーでもあるラントメネン・ユニベイク社傘下のブランドで、日本の各生協でも「ミニロール」などを取り扱っている。ラントメネン・ユニベイク社は北欧最大の食品関連グループのひとつ。3万6千人のスウェーデンの農業従事者が共同経営権を持つ形で運営しており世界26カ所の工場で冷凍パンとフレッシュパンを生産し卸している。CEOであるラーセン氏はパン作りという仕事に非常に誇りを持っており、サインする際には必ず「ベーカー(パン製造業者)」と氏名に書き加えるほどだという。

同社は「大地から食卓まで」をモットーにすべての過程を一貫体制で行っている。昨年はおよそ7億ユーロを売り上げ、その73%が冷凍パン、27%がフレッシュパンによるもの。5つの工場に635人が従事するデンマークでの同年の売上げはおよそ2億ユーロだった。現在イギリスでのデニッシュペストリーの売上げが好調なため、人件費と輸送経費の削減を図るためにもデンマークにある1つのデニッシュペストリー工場を閉鎖し、同じ内容の工場をイギリスに開設する作業が進んでいるという。

工場の中に入る

1947年にHattingという村で生まれたベーカリーを起源とする「ハッティング」ブランドを担うこの工場ではデニッシュペストリーと冷凍パンが主力商材だ。7つのラインを駆使して年間2万6千トンを生産している。

工場からやや離れた場所にあるサイロからまず原材料が倉庫に運ばれて来る。それらを保管している倉庫では徹底した在庫管理に基づく配置がなされ、ごまや大豆などアレルギー源となる材料を置いている棚はオレンジで色分けし、注意を喚起している。

計量では赤いプラスチックの容器に小麦粉や塩などレシピに応じた原料が落とされていく。「異物の混入を避けるため」日本向けのレシピについてのみ、プラスチックでなくステンレスの容器によって計られ、次の工程へと移される。

日本では複数の人が複数の材料を扱いそれぞれが計量したものを一カ所に集めて次の工程へと進めるやり方が主流だが、ここではすべての材料の計量をここではほぼ一人が担当し、計り直す場合にのみ機械を使っている。「色々な手が加わる方がかえって間違いが起きやすい。一人が担当する方が集中して行えるため間違いは少ない」という考え方によるようだ。

Hattingのおいしさとうまみの秘訣のひとつとなっている液種がその後加えられる。平均4時間発酵させたものだが、気温や湿度など日々変化する環境条件に応じながら常に最適の状態を維持しなければならず、それが一定していないと味わいも変わってしまうため、ユニベイク独自のノウハウがここで駆使され発揮されている。用いる食塩についても日本の食品衛生法が関係するため、欧州向けと日本向けとではやや異なるようだ。

原料が混合、撹拌されたあと成形されてぽこっぽこっとミニロールが青く幅広いベルトコンベアーに並んで出て来る。全体では似ているが、みんな少しずつ形が違うのでとても個性があり、あたかもそれぞれがおしゃべりをしているようにも見える。1時間に出来上がる数は平均して28000個。ベルトコンベアーの青は最も異物混入を見分けやすい色として選ばれたのだという。流れて行くミニロールをじっと見つめる担当の人が、長い銛のような棒で、いびつなものを一瞬でさっと刺し素早く除けて行く動作に驚かされた。

その後、温度と湿度を最適な状態で一定に管理された長さ120メートルのトンネルを時間をかけてゆっくり通り抜けることで発酵を進め、焼成となる。両親がベーカリーを営んでいたことがきっかけで18歳からこの工場に勤め始め、今年で勤続23年になるクリスティンさんは、1つ1つの工程を経験し、それぞれのチーフ職を経た後、現在では工場全体の監督をする重要な役目に就いている。各工程で見かけた人々は男女ともに年令層が幅広かったので「どのように彼らをまとめているのか、難しくないか」と水を向けたところ「育った背景やキャリアの異なるメンバーで同じものを共有し、それぞれが常に最善を尽くすことがチームワークのカギ」と説明してくれた。

「お客さんがうちのパンを食べておいしいと言ってくれることが誇りと喜び」というクリスティンさん。「この仕事に『品質、責任感、効率性が求められている』ことは全員がきちんと理解している。けれどもひとりひとりがそれぞれの言葉に同じ認識と定義を持っていない限りは、結局その理解は意味をなさず統一された結果を出すことは難しい。実際の作業よりもそれらの共有の方が時にはたいへんかもしれない」と話してくれた。

「誰もが声を上げやすい、開かれた職場」を目指していることも前述の指摘に関係しているようだ。従業員がそれぞれの仕事に誇りと責任とやる気を持ち続けるためのサポートのひとつとして、同社は年2回の個人ヒアリングを行っており、品質管理、生産など各部門の責任者とは少なくとも年1回は面接の機会を設け、現場との情報共有に努めているという。

食品の衛生と安全については、適切と判断すれば即時に営業停止を命じられる権限を持つデンマーク当局が抜き打ちで検査に来るほか、ドイツとイギリスの機関が調査を行い厳しい基準を求める。それらの調査機関はユニベイクだけでなく各国の他の食品関連工場もまんべんなく訪問し、工場側はきちんとした対応に努めるのが通例だが、「世界で最も基準が厳しい」と各国関係者が口を揃えるのは日本のものだ。この工場でも同じ声が聞かれたが、そんな市場と安定した取引を行っていることが、彼らの自信の一端となっていることも伺い知ることができた。

工場は24時間操業で7時から15時、15時から23時、23時から7時の3シフト制だが、同じブランドのパンであれば当然のことながらどの時間に作られたものでも同じでなければならない。それには自分たちが勤務している間に製造するパンの“横並び”の統一性だけでなく、異なるシフトが作り出すパンの“縦の一貫性と均一性”も求められる。それらを俯瞰したところから従事者たちをまとめていくことも重要だろう。

あつあつの焼きたてミニロールはそのまま目視検品をとエックス線探知機を通り、巨大な冷凍庫で瞬間冷凍され既定の袋に詰められて行く。目視検品はひとり。スツールに腰掛けたときのちょうど目の高さに赤、黄、緑に色分けされた判断基準の例となる写真が掲示されていて、それらを参考にしながら形だけでなく焼き色についても見分け、すばやく規定外のものを除いて行く。ほかの工程での選り分け作業のように瞬時の判断が求められる仕事だ。

Hattingミニロールは10個入り500グラムなので、冷凍後袋詰めされ密封されたあと計量し、500グラムに達してないものはその場で除かれる。達しているものは金属探知機を通って日本語の印刷された段ボールに梱包されるのだが、梱包の前に袋の封の締め方やシールの貼られ方が適切かどうかを最後にチェックする人がひとり常駐している。これも日本向けの場合のみの措置だ。並行して動いていた同じ作業ラインでは機械が梱包までのすべてを行っていたのでその違いが印象的だった。

このように工程全体において少なくとも2カ所で、日本向けということで特別な措置が講じられていたので、欧州向けと比べ、どうしてもコスト高になってしまうのかもしれない。

冷凍パンの位置づけ

早朝から夕方までと長時間にわたる業務形態などが理由で、仕事を継承する人材確保に困難をきたしている、個人商店としてのベーカリーの減少、車社会のためかガソリンを入れるついでに同じスタンドでパンも買って行くドライバーの増加、様々な理由で料理に長い時間をかけたり、平日のこまめな買い物ができず週末にまとめ買いをするという動きに代表される人々のライフスタイルの変化、大型容量冷凍庫(およそ300リットル)の各家庭への高い普及率などが牽引し「ハッティング」はデンマークで小売シェアを順調に伸ばし、現在35%にまで成長している。しかしユニベイク社はデンマークの市場規模と競合ブランドの広がりから、国内でのシェアが飛躍的に延びていく可能性は低いと見て、現在国外市場の拡大に力を入れている。

特に冷凍パンにおいては、効率を最大限引き上げた長期的計画の立てやすさ、在庫調整の最適化のしやすさ、長期保存が可能なことなどから、フレッシュパンと比べて商品価値が高く、「高水準の品質管理体制、ノウハウを持つ熟練した従業員、幅広い商品群、高い営業力と販売力」という強みを同社は兼ね備えているため、今後の国外市場の大きな成長を期待しているようだ。品質を向上させつつ価格は抑えることに注力、実践していることも、その期待を持てる一因だろう。

まとめ

工場からオフィスに戻り質疑応答となった際、最後に発言した生協関係者の方のコメントが今後を示唆するものになったのではないかと思う。

「日本においてはパンに限らず、冷凍食品を日常的に多く使いこなす素地がまだ確立できていないため『ハッティング』パンの存在が、全体的な品揃えにおいて唐突な感じがまだ否めない。ストックしておいた非常食としてでなく、おいしいから、食べたいから選ばれる,食卓のメインプレーヤーのひとつとして育てていくことが必要だろう」。

この訪問で「ハッティング」のパンが、どれだけの人々の手と気持ちを経て作られているか、優位性や魅力はどこにあるかなどを知ることができた。今後はこの商品をどのように日本の食卓まで運ぶかが課題だろう。それには冷凍パンの消費をアピールするだけではなく、冷凍食品全体の位置づけの改善や認識の向上のための並行したアクションが不可欠だと痛感した。

1)ミーティングに用意された「ハッティング」のパンとペストリー。
2)工場見学後のランチ。バラエティーに富んだ「ハッティング」のパン。
3)自然が豊かな場所にあるユニベイクの工場。
4)青空のもと2つの旗が映えていた。
5)本社オフィスロビーに立っていたデンマークの兵隊さん。

 

2011年10月24日 久世留美子

PROFILE
久世 留美子
久世 留美子
Rumiko Kuse

東京生まれ
フェリス女学院短期大学家政科卒業
ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)広告&コミュニケーション学部卒業

92年秋よりミラノでフリージャーナリスト活動開始
97年秋よりパリ在住
08年10月、Luminateo Inc.を東京に設立
日本と欧州におけるプロデュース、コンサルタントが主業務

プロフィール詳細

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