イタリアに数ある地方生協の中で、ウニコープ・フィレンツェ(以下トスカーナ生協)は突出した2つの個性を持っている。そのひとつは、最も面積の狭い地方ブロックエリアでありながら国内最大の売り上げを誇り、当該地域においては競合他社よりも価格において高い優位性を維持しているということだ。もうひとつは物事に対する強い好奇心とともに常に道を切り開いてゆく努力を惜しまず、率先して未知のものに手を伸ばし、信じたものを具現化していくスピリットである。
特に後者は現代ヨーロッパ文化の素地となったルネッサンスの首都フィレンツェがこの生協の中心にあることや、イタリアでの南北の対立を冷静に客観視できる、トスカーナ人、トスカーナ地方としての独自のアイデンティティが確立されているという歴史的背景にも遠因があると思われる。
生協勤務30年以上という、トスカーナ生協の重鎮であるマルコ・ポザレッリ氏およびファビオ・トッツィーニ営業部長を現地に訪ね、その現状や取り組みを伺った。
1)トスカーナのキャンティ地区にあるコープ。
2)ウニコープ・フィレンツェのロゴ。
トスカーナ生協の発祥は1891年に遡る。当時イタリア内外に市場を拡げつつあった織物業者が集積していた、フィレンツェ郊外の街セスト・フィオレンティーナで、同業者らが集まった組織がいまの組合の母体となっている。その後トスカーナ地方全体に組合が生まれ、それぞれで活動を行ってきたが、1973年を境に統合が進み、現在の「ウニコープ・フィレンツェ」を設立。そのひとつ屋根のもとにトスカーナの7つの区域がまとまった。
113万人以上の会員を抱え、およそ8千人が従事し、103の販売拠点を擁するトスカーナ生協の昨年の売上げは前年比8900万ユーロ増の23億1千万ユーロ。その8割が会員によるもので、利益は昨年からほぼ横ばいの2940万ユーロとなっている。
1)メルカートを意識した青果売り場。
トスカーナ生協には大中小3つの規模の店舗、すなわちイーペルコープ、スーペルメルカーティ、ミニメルカーティがあり、地域のニーズに併せた店舗展開とMD構成を行っているが、どのタイプの店舗にも共通しているコンセプトがある。それは入店客がまず最初に目にする売り場を「メルカート(市場)エリア」と位置づけていることだ。
入り口を入るとすぐ正面に青果が並び、そこを囲むチーズ、加工肉、精肉、魚介売り場が奥へといざなう作りになっている。「この売り場は、商品の新鮮さや品質の高さなどで我々の強みが発揮できている場所でもある」と強調するトッツィーニ営業部長。この青果売り場で扱っている商品の半分以上を、地元トスカーナ産が占めていることも興味深い。この「メルカート」売り場を越したあとは、それぞれの店舗の地域性や客層に沿って求められるMDおよび売り場展開となっている。
会員たちがイニシアティブを取る活動の多さも特徴としているトスカーナ生協では、PB商品開発にも会員たちの声が大きく影響している。PB新商品を投入する際は、競合メーカーの同じ品物をPB候補品と並べ、3、4回、10数人の会員たちによるブラインドテストを行う。テストのたびに会員たちに勝敗を告げてもらい、「全勝」した品物だけが、晴れて商品化へ進む事ができるのだという。
1)会員のみに向けたお得情報を知らせるチラシ。
2)コープ向け寿司も。
3)寿司用のPOP。
4)どちらも皮なしトマト缶だが、 左がコープの標準トマト缶、右はコープ商品の中で最も安価な通称“イエローブランド”のもの。
1)「エンポリオ・プロジェクト」
賞味期限が来ても、まだ充分食せるもの、運送中その他のアクシデントで包装や入れ物の形が変形してしまい、既存の売り場には出せないが中身に全く問題がないもの、顧客からの寄付、などの商品のみを集積した店が「エンポリオ」。店内での現金の授受はなく、当然レジもない。商品には値段ではなく、必要なポイント数が明示されており、客はあらかじめ各自に与えられたポイント数が許容できる範囲で、それぞれ選んだ商品のポイント数を差し引いて、商品をもらえるしくみだ。
各世帯、各個人への配布ポイント数は地元自治体や税務署、福祉/保健関連施設などと協力、連携して個々の事情や環境、収入を総合的に判断して決める。トスカーナでは店舗という形でこのサービスを提供しているが、他のコープやエリアでは宅配形式での配布が多いという。店の従業員や配達要員として、多くの会員がボランティアで参加していることも特徴だ。
2)「ヴォルテッラ・ディナー」
毎年11月から6月までの毎月1回(年8回)、自治体、旅行代理店、地元の銀行、財団などと協力して主催する、ヴォルテッラにある刑務所でのチャリティディナープロジェクト。毎回イタリア各地から著名シェフを起用し、受刑者たちがスタッフとなって厨房での助手からサービスまでを担当、約200人規模のディナーを用意してふるまうもの。参加費はひとり35ユーロで、売上げの一部は受刑者らに、残りはすべて恵まれない子供たちの施設などへ寄付される。
受刑者という身でありながら、収入を得、かつ社会貢献もできるということが、彼ら自身への誇りの維持と社会復帰への動機付けにもなるという。そのためこのときの経験を活かして、出所後に飲食業界での職につく人も多いらしい。ロイター、BBC,アルジャジーラ、CBSなど世界各国のマスコミにもとりあげられており、ドキュメンタリーとして報道もされた。地元にとどまらず、国内外からの訪問者が年々増え、今では定員がすぐ埋まってしまうほどの人気イベントに成長したようだ。
3)「お買い物プロジェクト」
会員として勧誘したい“若い人”に、未来ある子供たちも含めなければならないという考え、そして食生活の大切さを伝えていくことの重要性の認識から、子供たちと直接触れ合うイベントなどを企画、運営、主催している。特に5歳から小学校6年までのこどもたちへは、環境や食に関するセミナー受講とその実践をさせている。
例えば「お買い物ワークショップ」。実際にコープの中型あるいは大型店に子供たちを連れて来て、自由に買い物をさせ、最後にレシートを一緒に見ながら、何がどうよくて悪いのか、将来のためにはどのようなものをどう選べばいいのか、など食材のバランスとともに具体的な事例や体験をもとに、食に対する啓蒙や教育を行っている。家庭ではなかなかゆっくり時間をとって、このような機会を子供たちに与えるということが難しいので、保護者からもよい反応を得ているようだ。
これは、将来の会員を増やすため、という観念をはるかに越えた次元でのプロジェクトだが、確実に「コープ」という名前を子供たちに体験してもらい、かつ記憶してもらう、貴重な機会となっていることは間違いない。
「2011年はワイン生産量において、史上初めてイタリアがフランスを抜いた、記念すべき年」というトッツィ営業部長によれば、トスカーナ生協が現在扱っているワインの小売価格は実に幅広く5ユーロから180ユーロ。「ワインに対するイタリア人の最近の傾向として、きちんとおいしいのであれば少々ふんぱつすることはやぶさかではない、という考え方がある。それに支えられているせいか、いま最も売れているワインの価格帯は15,18,または20ユーロ」なのだという。
これはフランスと比較しても、かなり高い値段のように感じるが、消費者たちのワインへの姿勢がこのようにより積極的になっているのだとすれば、この数字は少なくともトスカーナ生協にとっては大きな追い風になるはずだ。
イタリア人がワインを楽しむシチュエーションとして最も多いのは、家族や友人との週末、あるいは平日のディナー。しかし日本とほぼ同じスピードで少子・高齢化が進んでいるため「ワインを継続して売っていくためには、どう楽しんで、どう飲むかをわかりやすく伝えることが必須」という認識に至ったという。その認識に立ち“個”世帯増加への対策および、新たな消費の場面を産むためのワイン戦略のひとつとして、先頃ハーフボトルを多く投入しはじめた。これによりひとり世帯や高齢者世帯での消費だけでなく、屋外でのワインの消費も増え、売上げが総合的に伸びたという。
そのほか、コープに納入している古いワインの作り手と会員が共同で企画、主催する「眺めのいい夕食会」も好評だという。これはコープが扱っている食材でディナーを用意し、ひとりあたり20ユーロでそのワインとトスカーナの見事な景色が楽しめるというもの。コープの食材の試食、会員同士の交流、ワインの販売促進の3つが同時に行えてしまう企画だ。
また間接的なワイン消費促進策のひとつとして用いているのが、ワインと相性のよいハム、サラミ、チーズの最新パッケージ。シンプルでデザイン性の高いラベルは「イタリア中を回って見つけてきたおいしいもの」というキャッチフレーズのもとに、それぞれがどの街から、どの方向から来たのかがひと目で分かるよう工夫されている。さらにチーズのパッケージをひっくり返すと、「このチーズにあうワインと飲み方」としてコープが推薦するワインがチーズの写真とともに印刷されている。このパッケージ片手にワイン売り場をうろうろすることを楽しくしてくれそうだ。
1)チーズの種類とともにお薦めワインが書いてあるラベル。
2)キャンペーン中のワインの陳列。
店舗面積が5000平方メートルある、トスカーナ生協の最大最新店舗。
フィレンツェ地方の会員はおよそ8万人だが、この店舗のあるプラートという街は移住してきた中国人比率がイタリアで最も高い街。これまで業務上の通訳として働いていた中国人が結婚し、子供をつくり、その子供たちが地元の学校に行き、イタリア語が母国語となっていることも、コミュニティの事実であり特徴だ。コープではこれを受けて、中国人社員も雇用しているという。
ちょうど開催中だったのはRichard Ginoriのお皿と交換できる、ポイントキャンペーン。「made in Italy」が魅力のひとつとして世界に支持されてきた老舗食器ブランドが、近年生産基地の海外移転により、そのほとんどが外国産となったことを受け、このキャンペーン中の約半年間はコープが元職人など35人を他企業とも協力して雇用し、対象商品全体25%を「トスカーナ産」として製作。店頭に実物のお皿を飾る専用エリアを設け、アピールしていた。
肉と魚の売り場には、数カ所にトレーサビリティと品質保証に関するコープの宣言や約束が掲げられている。魚売り場の中央には、「昨日トスカーナの海で取られた魚介コーナー」を設置。きちんと差別化され、地元産であることを強くアピールしている。
食材、素材のエリアに続いて、お惣菜、中食の売り場。コープ専門のシェフがコープ商品を用いたオリジナルレシピを高い頻度で提案、販売しており、店全体の目玉売り場のひとつとなっている。平日の12時過ぎからは、ここに長蛇の列ができるそうだ。売り場の中央をはさんで左右がほぼ定番のメニュー、真ん中の2つが日替わり。全体で20から30の間の数のメニューが常に揃う。
「このお惣菜コーナーでは、バリエーションの豊富さ、品質、提案の仕方、オペレーションなどにおいて、ライバルであるエッセルンガなどと比較して、客観的に見ても我々がとても強みを発揮している」とトッツィーニ営業部長は胸を張る。オーガニックに対しては、やっと関心が生まれ、動きが始まった程度という。その売り場面積も野菜果物全体における割合からするととても小さい印象だ。
(視察の際にはギネスビールの箱が山積みだった)プロモーションのエリアには、店舗全体の約15%,およそ300平方メートルを割いており、2週間ごとに入れ替えている。推進中のプロモーションの告知は、各世帯に配布するチラシが主だ。
書籍売り場には専門のMDがいて、一般のベストセラーからもバランスよく配置、トスカーナ地方についての書籍(旅行、ガストロノミーその他)のみを集めた、特別の棚もある。
生活必需品全般に用意されているもうひとつのライン、安価品の「イエローブランド」の集積売り場は250平方メートル、約350アイテムを集めている。来店客の中にはこの売り場の商品だけを買い求めにくるもいることから、イエローブランド専用入り口を売り場ほぼ正面に設置し、顧客が必要なものをさがすために広い店内で無駄な回遊をしないよう配慮している。
レジは20台あり、売上げの半分はセルフレジから。セルフレジでの不正を防ぐために、1人あたり4台のレジという割合で端末を手に監視しているスタッフがいる。
車いすで来客する人のための特別ミニカーを、およそ40万ユーロを費やしておよそ10台、トスカーナ生協の特許として企画、申請、生産した。トッツィーニ営業部長は「このような行動をとることでコープは利潤追求だけではないという考えを実際に表すことができる」とその意義を語った。
顧客1人あたりの買い物額は約40から45ユーロで、週に2.5回の来店頻度という。少子化、高齢化、核家族化などの現象が加速する中で来店数、会員数を増やすことは、命題であり、長期的な課題である。そこに応えるための対策として、小分けパッケージを増やし、若い人向けMDとしては新たなビールやワイン消費を増やすための仕掛けや、中食の充実化、やさしく調理できる魚介アプローチの開発などを進めてきている。
1)お皿交換キャンペーンの告知。
2)トレーサビリティと品質を謳うスローガンが奥の壁面に掲げられている鮮魚売り場。
3)他店と同じように「メルカート」がお客を迎えるつくり。
4)重要な売り場として位置づけられているお惣菜売り場。
5)セルフレジを使う人は少なくない。
6)コープフィレンツェ独自開発の車いす補助ミニカー。
「徹底的な品質コントロールを含め、競争力を高めるために効果的な手段を常に模索し、実行しているが、そのすべてがイノベーションと並走していなければならない」というトスカーナ生協にとっての、競争力向上のためのポイントは次の通り。
1)価格におけるリーダーになること
2)品質におけるリーダーになること
3)テクノロジーの進化に裏打ちされた革新を行うこと
例/試食したチーズは、表面をスライサーで切らず、1枚1枚手で切り分けて、手切りによる微妙なでこぼこをし表面に残し、より深い味わいを生み出すことに成功している
4)チームスピリットのもと社員を様々なプロジェクトに巻き込み、モチベーションを上げ、知恵を出し合い、すべてをよりよくしていくこと。
以上の4つというが特に4)については,競合他社との差異化を助長する大きな強みだという。
もうひとつのコープの強みは「ステークホールダーらが3ヶ月ごとに利益!利益!と叫ぶ私企業」(ポザレッリ氏)と違い、長い目でみて常に会員の快適さ、数字をも含めた広い意味での“利益”を考えられていること。また地元の小さな作り手のものを売り広めることで、会員の地元への帰属意識を高め、同時に作り手をも援助できることという。
たとえばコープで取り扱うミネラルウォーターについても、少しでも地元のものを、としている。「遠くから運んで来る水はその過程で品質が劣化する可能性が高くなる。一方、地元の水を消費することは地産地消にもつながる」という考えだ。
半日の視察では、到底足りない規模と内容の生協だった。創立時から立ち止まらず常に会員の益を考え追求し行動してきた、歴史に裏打ちされた安定感がありながら、スピード感やリーダー的な要素を失わない姿勢をとても興味深く感じた。ぜひまた継続して視察に訪れたい組織となった。
2011年7月14日 久世留美子
東京生まれ
フェリス女学院短期大学家政科卒業
ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)広告&コミュニケーション学部卒業
92年秋よりミラノでフリージャーナリスト活動開始
97年秋よりパリ在住
08年10月、Luminateo Inc.を東京に設立
日本と欧州におけるプロデュース、コンサルタントが主業務